アメリカ出身ではないNBAバスケ選手トップ5

3 6月, 2020
バスケットボールが好きな方、この記事は見逃せません!  NBAの歴史に残るアメリカ出身ではないNBAバスケ選手トップ5をご紹介します。

NBAの歴史に残るバスケ選手を考えてみると、多くのファンは、ジョンソン、ジョーダン、ジェームス、ダンカン、オニールを思い浮かべるでしょう。ここで、アメリカ出身ではないバスケ選手を分析してみると、新たな可能性が広がります。

歴史に残るアメリカ出身ではないNBAバスケ選手トップ5

トニー・パーカー

最初に分析する選手はNBAに大きな名を残した選手です。ウィリアム・アンソニー・パーカーJrは、1982年5月17日、ベルギーのブリュッセルで生まれました。現在、サンアントニオ・スパーズでプレイしており、また、フランス代表のキャプテンも務めています

ヨーロッパにいる彼のファンは、「オ・ラ・ラ・パーカー」と彼の名を呼びます。これは彼が名選手であることの表れです。2007年に獲得したNBAファイナルMVPは、ヨーロッパ人初の快挙でした。さらに2014年までに、NBAチャンピオンに4度も選ばれています。

彼がNBAでファイナルを逃したのは2013年の1回だけです。現在、パーカーはスパーズの歴史においても、もっともアシストパスが多い選手です。さらに、これに加え、2013年、ヨーロッパ選手権では、フランス代表選手を金メダルへと導きました

パーカーのキャリアを通した1試合の平均は、スコアは16.2点、リバウンド2.8回、アシストパス5.9回と、記録がすべてを物語っています。

ドラジェン・ペトロヴィッチ

彼のニックネームは「バスケ界のモーツァルト」で、これはザグレブのツィボナでプレイしていた頃についた名前です。ツィボナは、ヨーロッパでも強いチームのひとつで、レアルマドリードなどヨーロッパリーグの強豪と対戦しました。

ペトロヴィッチは、1988~1989年レアルマドリードに所属していましたが、その後、アメリカへと渡り、キャリアを重ねました。ポートランド・トレイルブレイザーズは、彼に150万ドル費やしました。

このチームで彼はあまり功績を残しませんでしたが、後に移籍した、ニュージャージー・ネッツでは、才能を発揮しました。また、彼の記録は、1試合で15.4点、リバウンド2.3回、アシストパス2.4回と優秀なバスケ選手の一人であることを示しています。

ネッツ アメリカ出身ではないNBAバスケ選手

また、1990年アルゼンチンで行われたワールドチャンピオンシップで金メダルを獲得するなど、国際的に活躍しました。その後、ユーゴスラヴィアのチームでもプレイしています。

ペトロヴィッチは、アメリカのファンにもヨーロッパのファンにも愛されました。しかし、交通事故により28歳の若さで亡くなり、ニュージャージー・ネッツは彼の背番号3番を永久欠番にしています

トニー・クーコッチ

クーコッチは、歴史的にみても、優秀なヨーロッパ人バスケ選手のひとりであることは間違いありません。ヨーロッパで素晴らしいキャリアを積み、NBAでプレイするためにアメリカへと渡りました。チームは、シカゴ・ブルズです。

多くを、ウィングマンとしてプレイしてきましたが、彼の身体的特徴とテクニックを考えれば、どこのポジションでもプレイできたことでしょう。

クーコッチは多面的に活躍し、ジョーダンと共にブルズのスターとなり、彼らと共に、チャンピオンシップで3回優勝を勝ち取りました。

さらに、ユーゴスラビアとクロアチアのチームで8つのインターナショナルメダルを獲得しました。そのひとつが1990年アルゼンチンで行われたワールドチャンピオンシップの金メダルです

ダーク・ノヴィツキー

バスケットの歴史を通して、優秀なヨーロッパ人選手4人の内に入るのは間違いないのが、41歳、ダラス・マーベリックスでプレイするダーク・ノヴィツキーです。ドイツのチームDJKヴュルツブルグで4シーズンプレイした後、学業、兵役を終えました。そして、21歳の時、NBAドラフト9位で今のチームに入りました。

ダラス アメリカ出身ではないNBAバスケ選手

彼のチームでの功績の中には、2010~2011年シーズンのファイナルMVPやNBAチャンピオンシップリングがあります。また、他にも以下を獲得しています。

  • オールスター13回
  • ファーストチーム4回(2005、2006、2007、2009)
  • セカンドチーム5回(2002、2003、2008、2010、2011)
  • サードチーム3回(2001、2004、2012)

NBAスリーポイント・シュートアウトでは2006年、ヨーロッパ出身プレイヤーとして初めて優勝しました

国際的キャリアの中で、彼はドイツ代表チームを勝利へと導きました。2002年のインディアナポリス世界選手権第3位、2005年欧州選手権第2位を獲得し、ノヴィツキーはMVPに選ばれました。

アルヴィーダス・サボニス

最後は、優秀なヨーロッパ出身バスケットボール選手について語るときにとても重要な選手、アルヴィーダス・サボニスです。ジャルギリス、バリャドリード、レアルマドリードで活躍しました。

1995年、31歳の時、ポートランド・トレイルブレイザーズと契約し、同シーズン、彼はルーキー・オブ・ザ・イヤー6人に選ばれました。

彼のプレイスタイルは、NBAで非常に有効で、大成功を収めました。一方で、彼のNBA入りがもう少し早ければ、もっと活躍できていたのではないかと多くのファンが思っているのも事実です

国際的に言うと、サボニスは、ソビエト代表チームの一員に選ばれました。中でも記憶に残るのが世界選手権で、1982年第1位、1986年第2位、そして、1988年のオリンピックでは金メダルを獲得しました。